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『ゲームとストーリー』を小難しく考えてみる 

未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)

発熱地帯さんにて興味深いエントリーが。
ノベルゲーム以外にストーリーなんて要らんよな、と極論
こうも極論付けられると清清しいw ここではストーリーモノの代表格であるRPGを例として『ゲームとストーリー』について考えてみるとします。

まず最初に、「ノベルゲーム以外にストーリーはいらない」って考えは間違っていると思うんですよ。今まで楽しんできたRPGにもストーリーは存在したわけだし、昔のRPGでの質素な演出によるストーリーでも感動できる作品は多かったので、これを否定されたらかなわんわな、と。
最近のストーリー(世界観作りこみ)系ゲームには、じつはあんまり期待してないんですよ。映像やインタラクティブが面倒くさいだけだし。
ポイントはここかな。なぜ最近の、とかく大作と謳われているゲームが面倒に感じるのかが問題なのであって、「ストーリーがいらない」ってのとはまた別の問題が出てくるわけです。

FF10に代表されるように最近のRPGはよく『ムービーゲー』なんて呼ばれることが多いですが、最近のゲームの特徴として
 ・ムービーやイベントが長い
 ・フルボイス
ってのがあります。ハードの進化やメディア容量の増加によりこれらを詰め込むことが容易となり、伝えたいストーリーをムービーもしくはイベントだけで表現できるようになりました。
これは一見するとハードの進化による恩恵だと思いがちですが実はそうではなく、プレイヤーが介入する余地を無くした、ゲームとしては間違った進化であると思っています。ストーリーはムービーシーンで全て語られるしボイスでキャラ付けも与えられているのでプレイヤーの目的はムービーを見ることになってしまい、ストーリーを楽しみたい人にとってゲーム本編は『ご褒美』を得るためのものでしかなくなっています。

ではなぜこれまで(SFC時代位)のRPGが楽しめたのか、それはズバリ『一体感があったから』ではないでしょうか。ハードのスペック上ストーリーは伝えきれていないものの、そこにプレイヤーが介入し、紡ぐことで一つの大きな作品ができあがっているように思います。つまり、足りない部分をプレイヤーの感情や意思で補うかたちとなるので、ゲーム本編なくしてストーリーを語ることができないわけです。
吉田戦車の『はまり道』という本に収録されてた4コママンガだったと記憶してますが、ドラクエ4をプレイ中の人(著者?)が隊列の先頭にいるキャラによって…トルネコであれば「薬草おくれ」、ミネアであれば「薬草くださいな」といったように店での買い物時のセリフを想像しながらプレイしているものがあるのですが、これこそがRPGの醍醐味でありプレイヤーが作品を作っている一つの良い例だと思います。
プレイヤーが感情移入するには提示されている要素はあまり多くないことが望ましいので、ボイスや複雑なゲームシステムはどちらかと言うと邪魔だ、というのが俺の結論です。そういった意味で最近のRPGではドラクエ8なんて中々良かったんじゃないですかね(合成釜は絶対余計だけど)。流行に乗ってボイスを入れたりせず、あくまでオーソドックスなドラクエを追及したのは大きいんじゃないかと。

このふたつの違いを要約すると、最近のRPGは『ゲームとストーリーが分離』しており、ゲームを楽しみたい人にはストーリーが、ストーリーを楽しみたい人にはゲームがそれぞれ足枷となってしまっているわけです。目新しさを出すためにゲームシステムはより複雑に、どこよりも凝った演出を見せるためにムービーはより豪華にと、これら二つは分離しやすい傾向にあるのが現状であり、他ジャンルのゲームにおいても同様のことが言える場合が多いです。
ちなみにPSやSSはCD-ROMの容量上「帯に短し襷(たすき)に長し」であったため、意図せずとも分離しそうでしてない程良いバランスなゲームが多く生まれたのだと考えています。

今まで入りきれなかったものを詰め込み、表現できなかったことを表現することで逆に異なったものになるというジレンマをこの先業界はどう克服するのか。以前HOTWIRED JAPANに掲載されていたコラムに『不気味の谷』というのがあるのですが、ゲーム業界にも同じことが言える気がします。
いつかこの谷から這い上がり、ゲームとシナリオを高次元でまとめあげたゲームが出ることを期待。キーポイントはやはりクリエーター、「谷」だけに「底力」が試されるってカンジですかね。

■関連
コラム:水口哲也が語る"『N3』の世界" 第1回
http://www.famitsu.com/game/serial/2006/01/10/364,1136866242,47346,0,0.html
(ファミ通.com)
「"ドラマ"を表現する。アクションゲームとしての生理的な気持ちよさだけではない、プレイヤーの感情的なものを喚起させる方法は、僕が思いつく限り、それしかないんです」
ドラマを表現するアクションゲームを作る、Xbox360はそれが実現できるハードだとしています。ゲームを通してストーリーを伝えようとする、これぞゲームクリエーター。


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[2006/01/10 17:26] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
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コメント

ストーリーものではありませんが、スーマリをネタに、当時相当色々な4コママンガとか出てましたもんね…。創造力が入る余地があると、かなり楽しかったです。
ただ、私自身があまり創造力たくましい方ではないので、ドラクエよりFFの方がやりやすかったんです。
そして私の傾向は、RPGは基本的に面倒くさくて、アドベンチャーの方が好き…。FFはSFC時代のものはやれず、ちゃんとやりだしたのはPS時代から…。これを統合すると「一本道で、あんまり考えないで進められる、やらされ系ムービーRPG」が好きみたいですね(笑)
FF10とか、特に努力なく進めますし、ストーリーとムービー以外ははっきりいってどうでも良かったです。結構色々言われてしまいますが、私は案外好きなんです、10のストーリー。でも、ムービーの合間にある「ゲーム」は作業としか感じませんでしたし、雑魚キャラとかは全く覚えてません。ムービーだけまとめて見られたらいいなぁ、と思います。まぁ…、一応中ボス系とかと実際に「戦った」感じが残っていた方が、ムービーにも見入ることができた、というのはありましたが、うぅん。

[2006/01/10 21:49] URL | murui [ 編集 ] | TOP ▲

RPGのゲーム部分が元々苦手なのかもしれないですね。FF10でのストーリーとストーリーを繋ぐゲームパートは余計だと感じながらも、難易度が低いのであまり苦だとは思わずに次のストーリーまで進行できたというカンジでしょうか。
…なるほど、ストーリー部分を強くするならゲーム自体の難易度は下げた方がモチベーションを下げず且つRPGの楽しみも得られるってことか…。なかなか難しいですねぇ。

[2006/01/11 06:14] URL | mappi [ 編集 ] | TOP ▲

実に・・・

興味深く読ませていただきました。
自分の場合でしたら、ノベルゲーにしろRPGにしろ、最近はとにかく「長い」「読むのが面倒」という気持ちが大きくて、ストーリーを楽しみたいという気持ちそのものが薄れてきてるようなきもします。特にRPG。始める前から面倒に感じてしまいます。

そういう意味でも、話の大筋だけ知ってしまったら後はいいかな、というのはとてもよく分かる話だし、総プレイ時間50時間以上とか、プレイ時間の長さ=面白さだと思っている一部のゲームの気が知れません。
欲しいのは楽しいという気持ちや、熱中できる要素であって、時間つぶしの作業をしたいわけではないですし。

FF10に関していうなら、たしかにメインのストーリー意外で残るものってあまりなかったのは同じです。
ストーリーをおっかけるだけのゲームを誤魔化すために、後付で複雑なシステムをつけました、これでやりこんで頂戴!というのが見えるようでしたね(汗
これは私の場合はFF全体でいえることだと思います。システムが煩雑で煩わしいのは共通ですが、物語で言うなら、FC時代の1~3はともかく、それ以降は主人公がストーリー上でキャラクターとして色を持ってしまった(セリフがあったり、ゲーム上でビジュアルがある)時点で、もはやプレイヤーが頭の中で補完していく、という方法論が失われていったのではないでしょうか。FF10のお話は好きですけどね・・・(汗

RPGとは役割を演じるゲームですが、今や「役割を演じる」のではなくて、「劇を見る」ゲームに成り下がっていますし、ハードの進化でいえることは、劇が演劇に、演劇が映画になっていっただけで、実はゲームとして殆ど進化していません。

それが悪いとか、一方的に思うことはないし、実際それを求めている人も多いとは思うのですが、ゲームは参加してこその楽しみがあると思うんですよ。
なので、RPGにストーリーは必要であると思うのですが、必要以上な過剰演出をするくらいなら、いっそ映像作品として完結してしまったほうがずっとマシであると思います。
そういう意味でも、アドベンドチルドレンや、MGS3sisにおける観るMGS3など、演出特化型のゲームにおける販売モデルというのは、より多角的に模索していく必要があるでしょうし、極論で言うなら、それはもうゲームである必要もないよね、とも思うわけです。

ううん、なんか微妙に論点がずれてしまったかもしれないですね(汗
まとまって無くて申し訳ないです・・・。

[2006/01/11 10:02] URL | K人 [ 編集 ] | TOP ▲

>K人さん

>今や「役割を演じる」のではなくて、「劇を見る」ゲームに成り下がっていますし
まさに仰る通りだと思います。ゲームをしなくてもストーリーは楽しめるわけですからね。
ですが、こうなってしまったのは今のクリエーターが悪いのではなくて、今までのRPGがハードのスペック上演出を削らざるを得なかったことによる「怪我の功名」であった可能性も高いと思います。つまり、RPGというジャンルは始めからこの問題を抱える未来にあったんじゃないかなぁ、と。

ここで「じゃあストーリーはいらない」と結論付けるのではなく、ゲームとストーリー、美麗なムービー等が一体としてうまく共存できる道を期待したいところです。
追記で水口哲也氏のインタビュー記事を載せました。今回のテーマと関連性が高いのでご一読くださいませー。

[2006/01/11 17:14] URL | mappi [ 編集 ] | TOP ▲

『バカの壁』とかでも語られてるけど、昨今の若者は、自分と違う考えを否定しようと必死だから大変だなぁ。

「そういう考えもあるな」と人それぞれ認めて上げたほうが楽で楽しいのに。

[2006/01/11 18:42] URL | Kyosuke [ 編集 ] | TOP ▲

>Kyosukeさん

「バカの壁」は話し合いもせずに争いを起こすような事を嘆いた本じゃなかったでしたっけ?意見をぶつけあって視野を広げることはむしろ推奨されてたと思うのですが…
間違っていたらすいませんですm(_ _)m

[2006/01/11 20:17] URL | mappi [ 編集 ] | TOP ▲

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