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「ゲームのリアル」ってこういうことだったのか 

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■米光一成&荻原貴明「ゲームデザイン研究所」
 第2回:ゲームのリアルって何よ!?
http://www.rbbtoday.com/column/gamelab/20060403/
(名前のない部屋)

「魔導物語」等で有名な米光氏と、デイリーポータルZにて「おぎわら遊戯上」を連載している荻原氏による「ゲームにおけるリアルとは何ぞや?」といったコラム。

ゲームのリアルは、「プレイヤーの気持ち」が「インターフェイス」を通じて「ゲームの中」と一致することだ。
だから、ゲームのリアリティは「現実」を目指さない。プレイヤーの気持ちを目指す。
見た目や操作感が現実に近いからリアルだとするのではなく、自分とゲームの中の「それ」がインターフェイスを介して一体となり、自分の中の現実がゲーム内に移ることこそがリアルだとしている。
このコラムではスーパーマリオでさえも「リアル」だとしています。なるほど、ロックマン等をプレイしていて被ダメージ時に思わず「イテッ!」と口ずさんでしまうのも、『自ゲ一体の境地』であり「リアル」なんだろうね。

これはリアリティというものをゲームの外側から見るか内側から見るかの違いであると思います。いくら美麗なグラフィックを用いたゲームであろうともプレイヤーがゲームの中と一体になることができず、結局現実の世界からの視点で「グラフィックがリアル」「ムービーがリアル」としか見えないゲームはゲームにとってのリアルではない、という考え。ゲームにとってのリアルでは無い、ということは次に待ち構えているのが「映像作品としてのリアル」であり、最近のRPGに多い所謂「ムービーゲー」に成り下がってしまっているのだと思います。

このコラムで用いられている「リアル」という言葉は言い換えれば感情移入であり、ゲームを楽しむにあたって重要な要素であることは言うまでもありません。
プレイヤーとゲームとの一体感を目指すと同時に、ゲームの面白さとしての「ジレンマ」をプレイヤーに与える必要もあり、それらが絶妙なバランスで成立してこそ生まれる「リアル」は奥深く、そして難しいものだと感じました。いやー、目からウロコがボロボロとw

後半では実際に荻原氏が作成したFLASHゲームを例に挙げて解説されています。必読。

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[2006/04/05 23:53] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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